私が社会人になって、同僚の年下の女の子(タバコは吸ってたけど言動がどう考えても女性ではない)が、会話の中で何回もパパが、ママが、お姉ちゃんがと話すのを聞いてすごく違和感を感じた。
百歩譲ってお姉ちゃんはいいでしょう。
父、母じゃなくても、おとうさん、お母さんと言って欲しかった。
私の友人が、子供のことを話す時に自分のことをパパと言ってるのもなんかすごく変。
乳幼児から小学生くらいまでは言いやすいという理由で便宜上パパママでもいいと思う。
ある時を限りに家の中でもお父さんお母さんに切り替えないと、なかなか言いづらいもので、口癖というものは外でもついでてします。
昔は家への他人の出入りが多かったから、親の他人への対応を見聞きして、公的な場面では両親を父、母、兄、姉などどいうんだなと学習できるが、そもそもそれを教える親自身がいつまでもパパ、ママでは、父、母の方がかえっておかしいのかなと思っちゃいそうだ。
我が家では息子が言葉が話せない時から、お父さんだよ、お母さんだよと話しかけていたら、父親のことをお父さんと言えない時期に、『おーしゃんしゃん』と言ってました。
子供を叱る時も、パパはな、とかママはね、だとなんだか弱い感じがするのですが、私だけの独特な感覚でしょうか。
また、よくあるのが、なんでも話せる友達のような親子。
娘の服を嬉々として借りて着ている母親。
何か勘違いしてませんか。
どうしても親子ごっこにしか見えないのです。
なんでも話せるって聞こえはいいけど、それ、良し悪しですよ。
子供も親も。
全部話してるふりをしながらちゃんと話すことと、話さないことを分けられるくらい精神が大人な子ならいいですけれど。
そうそう、家族みんな、仲いいですよ、
誕生日とかいつもみんなでお祝いするし、旅行にも行くし。
上記の家族行事をしていれば必ずしも仲がいいわけではないのです。
仲が悪いのよりは、ほのぼのとして、家族の在り方としてはいいと思います。
一番大事なのは、普段付かず離れずだったとしても、何かあった時には、相談できるなという安心感。
そして有事のときに冷静に対処できる家族関係ではないかと思うのです。
先日テレビ番組で、保護猫活動をしている坂田さんという方のところへ、坂上忍さんの動物王国スタッフリーダー候補が修行にいくというのがありました。
坂田さんのところには男女各1名づつ行ったのですが、可愛いそうだから保護犬を飼ってます、猫を飼ってます。
では、活動はできないのです。
死をも目の当たりにする命に関わるということなのです。
動物と人間を比較するのはナンセンスかもしれませんが、私は命という点では等しいと思っています。
することをすれば、子供を授かります。
もちろん授からない方もいらっしゃいますが、命を育む姿勢の一番基本は、やはり個々の尊重だと思うのです。
それには互いの呼び名はとても大切。
こんなふうに思うのは、私がバリバリの昭和人間だから…でしょうか。
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